元ブックメーカー勤務の日本人に聞く、運営実態と日本市場との関わり | ブクサカ

元ブックメーカー勤務の日本人に聞く、運営実態と日本市場との関わり

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業界コラム

海外スポーツベッティング企業の日本部門では、いったいどんな人が働き、どんな業務を行っているのでしょうか?

ヨーロッパのサッカークラブ経営において、スポーツベッティングの存在は欠かせないものになりつつあります。

たとえば21-22シーズンのプレミアリーグの胸スポンサーを見ると、20チーム中9チームがスポーツベッティング運営会社でした。かつてスポンサーと言えばアルコール飲料メーカーのロゴを目にする機会が多くありましたが、今や「スポーツへの賭け事」の業者が主流となっています。

多くのスポーツベッティング会社が世界からスポーツファンを取り込もうとしており、もちろん日本市場もターゲットのひとつです。日本では海外のスポーツベッティングを利用することに法律的にグレーな状態が続いているものの、多くの会社が日本語サイトを持っているのが現実です。

今回、イギリスに本社を置く世界最大のオンラインスポーツブックメーカー、「bet365」で働いていたAさん(20代日本人男性)に話を聞きました。

聞き手プロフィール
木崎伸也

1975年東京都生まれ。2002年夏にオランダへ渡り、2003年からドイツへ拠点を移してヨーロッパサッカーを取材。2009年に帰国して活動範囲を広げ、代理人をテーマにした漫画『フットボールアルケミスト』の原作を担当。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』、『直撃 本田圭佑』など

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日本チームだけで20人!従業員3,500人の大手ブックメーカーでのローカライズ業務とは?

ZOOMインタビューをする木崎伸也さんとAさん

――Aさんはどういう経緯でbet365に就職したのでしょう?

「もともと本場でスポーツビジネスを経験したいと思い、イギリスの大学院へ留学しました。ところが卒業後に始めた就職活動では、新型コロナ禍でなかなかうまくいかなかった。そんな中見つけたのがbet365の求人だったんです」

 

――もともとスポーツベッティングに興味があったのでしょうか。

「はい、アメリカでスポーツベッティングが合法化される州が増え、日本でもカジノ法案が成立し、近い将来日本でも正式に認められる可能性がある。イギリスにいるという地の利を生かして、先にその業界に飛び込むことに魅力を感じました」

 

――どんな役職の募集でしたか?

「正式名は『インターナショナルコンテンツ・トランスレーター・ジャパニーズランゲージ』です。国際コンテンツ部門の日本語チームに配属されました」

 

――具体的にどんな業務なのでしょうか。

「日本の方たちがサービスを使いやすくする『ローカライズ』という作業になります。チーム名、選手名、利用規約、換金方法などサイト内に出てくる英語を、一貫性を持たせて日本語へ翻訳するんです(※)」

※bet365は長らく日本語未対応でしたが、2021年8月にサイトの日本語対応が完了しました。

 

――日本語チームはどんな編成でしたか?

「2020年に日本語チームが立ち上がり、そのときに僕も入社しました。日本語を話せるイギリス人が責任者で、その下にスタッフが5、6人いるという編成です。僕は1年間働いたのですが、最終的には約20人に増えていました。日本人が7割くらいです」

 

――日本チームに約20人もいるんですね!

「なにせ社員は3,500人以上いますから。会社はロンドンではなく、ストーク=オン=トレントという街にあるんですが、オフィスもすごく大きいですよ」

 

――スポーツベッティング会社は、めちゃくちゃ儲かっているんですね。

「デニース・コーツCEO(※)はここ数年間、『イギリスで最も収入が多いCEO』になり続けているくらいです」

※bet365創業者であり現共同CEOのデニース・コーツ(Denise Coates)は2020年度に日本円で約713億円もの報酬(これは英国史上最大の賃金とも言われる)を稼ぎ、米国経済誌フォーブスの推定によると彼女の保有資産は6,700億円と言われています。

運営会社の詳細:bet365|日本語ガイド – サイトのやり方・評判と安全違法性について

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――ローカライズの難しさは、どんなところにありましたか?

「翻訳数が膨大なことです。世界中のスポーツをカバーしており、たとえば日本サッカーだったらJ3までカバーしている。そうやって2部や3部のレイヤーまで、世界各地、全選手、もれなく日本語にするので、ものすごい量になるんですよ」

 

――世界中のチームの名鑑を作るようなものですね。

「立ち上げ期というのも相まって、ゼロからの翻訳だったので、ものすごく大変でした」

 

――全選手の名前が必要なのはどうしてでしょう?

「いろいろな賭け方のオプションがあるからです。勝敗しか賭けられない試合もありますが、試合によっては得点者やイエローカードを誰がもらうかといったオプションがある。

プレミアリーグのような人気の対象になると、前半15分で誰が得点するかといったピンポイントの賭けもあるくらいです」

 

――担当した翻訳で、思い出深いものは?

「東京五輪ですね。2020年に日本語チームが立ち上がったのは、東京五輪の存在も大きいと聞いています。新型コロナ禍で1年延期になったこともあって、みんなで『そこまでに絶対にローンチするぞ』と声を掛け合って、頑張りました」

 

――他には何言語のチームがあるんですか?

「正確にはわからないのですが、サイトでは英語以外にスペイン語、イタリア語、ドイツ語、ロシア語、中国語など20言語を選択できるので、合計20チームはあると思います」

 

Jリーグもカバーするブックメーカーのシステムは今後も発展が見込まれる。八百長対策は日本での解禁にも欠かせいないポイントに

インタビュー時の様子

――日本では海外のスポーツベッティングで賭けることはまだ法律的にグレーですが、合法性は社内でどう捉えられていましたか?

「上司に質問したところ、建前としては、日本国外にいる日本人を対象にしているというスタンスでした。とは言っても、日本からアクセスできるようにしており、来るものは拒まずというスタンスでもあります。

僕自身、その部分を知るために入社したところもあったんですが、結局答えは見つけられませんでした」

 

――JリーグではJ3までベッティング対象になっているということですが、ベッティング会社はどうやって情報を入手しているのでしょうか?

「データ収集を専門とする会社がたくさんあり、スポーツベッティング会社はそこから情報を買っているのが基本になると思います。自ら情報収集する会社はほぼないでしょう。

データ会社、もしくはその下請け会社が雇用した人がスタジアムへ行き、リアルタイムでスマートフォンやタブレット、パソコンに入力し、それが世界中に配信されるシステムがあります。

僕も興味があり、データ会社の面接を受けて、そのときに詳しく教えてもらいました」

 

――オッズはどうやって決めているのですか?

「オッズに関しても、アルゴリズムでオッズを算出する会社があるんですよ。ほとんどのスポーツベッティング会社が、そのサービスを使っていると思います」

 

――業者によってはJFLや地域リーグなど、アマチュアの試合も賭けの対象にしているのでしょうか?

「bet365に関しては、基本プロが対象です。たとえば学生の試合を賭けの対象にしてしまうと、八百長を試みる勢力が『これだけ渡すから負けてくれ』と接触するかもしれない。学生を八百長に関わらせてしまうリスクがあるため、そこで線引きをしていると聞きました。

ほかの大手も、基本的にアマチュアは対象にしていないと思います(※)。昔、ラグビーの8部レベルまで対象にする業者があったそうですが、経営不振で失敗したという記事を読んだことがあります」

※ Bet Channel、BeeBetなど一部ブックメーカーでは高校野球(甲子園)や高校サッカーがベッティングの対象になっていることがあります。

アマチュアスポーツをベッティング対象とすることは業界内部からの批判も強く、ライセンス規約の面でもグレーなところがあるため、私たちユーザーはこういったブックメーカーの利用にはくれぐれも注意が必要です。

インタビューに答えるAさん

――スポーツにとっても、スポーツベッティングにとっても、八百長は最大の敵ですよね。

「その通りです。近年、八百長を検知するシステムの需要がすごく高まっています。たとえばイングランド3部で明らかに弱いチームが勝ち、そのチームへの賭け金が異常に高かったら、システムが検知してアラートを鳴らす、というものです。

データ会社の人に聞くと、年間で数百、数千の八百長疑いが検知されているそうです。今後、検知の自動化がさらに進んでいくと思います」

 

――約10年前、Jリーグのある試合でアラートが鳴ったことがありました。急遽、両チームの選手と監督への事情聴取が行われました。片方のチームはACLで海外へ行く予定だったので、飛行機の便を変更しなければなりませんでした。

「日本ではプロ野球や相撲で八百長があった過去があるだけに、スポーツベッティングを認めてもらううえで、八百長対策がものすごく重要だと思います。

先手を打って対策し、スポーツベッティングを安全に行える環境が整えば、必ず日本のスポーツビジネスを支える存在になると思います。スポーツベッティングに詳しい方がリーグの意思決定層に加わって欲しいなと、個人的に願っています」

編集部補足:Jリーグでの八百長防止策とアラート発生例

国内リーグにおける八百長防止対策のひとつとして、日本サッカー協会(JFA)ではスポーツベッティング市場における賭け率の異常変動を監視し、情報を分析するシステムを持つFIFA100%出資のEWS(Early Warning System)社と契約し、2011年から運用しています。

上記インタビュー内の「アラートが鳴った試合」とは、2014年3月に行われたJ1第2節のサンフレッチェ広島対川崎フロンターレで、この試合への賭け方に「小さな異常値」があるとEWS社からレポートが出され、Jリーグにおける初めてのアラートとなりました。

JFA経由で監視レポートを受け取ったJリーグは、弁護士を含めた対策チームを立ち上げ、関係者の聴取を実施。EMS社からの追加情報、映像分析の結果などから、「不正はなかった」と判断されました。

さらに、JリーグはEWS社から「問題の異常値は市場での『噂』によって惹起されたもので、当該試合への不正な関与はなかったと思われる」という最終レポートを受け取り、その内容でFIFAにも報告がされました。

スポーツベッティングが八百長を助長するという見方をされることも多いですが、ベッティングシステムの技術進歩が不正防止に役立っているというという一面もあることがうかがえます。

 

――まだ日本からクレジットカードで賭けられた時代の話ですが、知人はオッズの甘い試合を見つける手法で、数千万円儲けたと言っていました。オッズの甘い試合とは、明らかにAが強いのに、Aのオッズが高いという試合です。

「日本から数百万円、数千万円という金額で賭けている人がいると聞いています。キャッシュを持っている富裕層が娯楽としてスポーツベッティングを使っているようです」

 

――ちなみに個人としてもスポーツベッティングを楽しんでいますか?

「bet365では社員はアカウントをつくれず、元社員も退社から2年間くらいアカウントをつくれないんですよ。そのため今は他社を利用しています。

先日、スーパーボウルでMVPを予想したんですが、残念ながら外れてしまいました。スーパーボウルはスポーツベッティングの最高峰のひとつで、賭け方の種類も一番豊富です。それに翻弄されてしまいました(笑)」

 

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