スポーツブックメーカーを作った日本人を知ってるか?とある日本人起業家のストーリー | ブクサカ

スポーツブックメーカーを作った日本人を知ってるか?とある日本人起業家のストーリー

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業界コラム

今、日本サッカー界でスポーツベッティングの解禁を求める声が高まっている。たとえば元日本代表監督の岡田武史(現FC今治会長)は経済メディア『NewsPicks』でこう問題提起した。

「(日本で)スポーツベッティングをもっとオープンにしないと、日本人が海外のサイトで賭けているのだから、(国外へ)お金が出て行ってしまっているわけじゃないですか」

※下記動画の6分05秒~

ヨーロッパサッカー界に目を向けると、多くのスポーツベッティング運営会社がクラブのスポンサーになってリーグを盛り上げている。プレミアリーグにおける胸スポンサーを例にすると、

  • アストン・ヴィラの「BK8」
  • ブレントフォードの「Hollywood bets」
  • フラムの「SBOTOP」
  • ウェストハムの「Betway」
  • ボーンマスの「defabet」
  • エヴァートンの「Stake.com」
  • バーンリーの「W88」

ファンやサポーターにとっては賭けによって見どころや楽しみが増え、クラブにとってはベッティング会社の収益がスポンサー料として還元される。ドイツクラブのある関係者は「もはやクラブ経営はスポーツベッティング抜きに語れない」と言うほどだ。

とはいえ、日本サッカー界にとってスポーツベッティングはまだまだ馴染みがない存在だろう。日本で議論を進めるためには、まずはスポーツベッティングについて知る機会を増やすべきである。

木崎伸也

1975年東京都生まれ。2002年夏にオランダへ渡り、2003年からドイツへ拠点を移してヨーロッパサッカーを取材。2009年に帰国して活動範囲を広げ、代理人をテーマにした漫画『フットボールアルケミスト』の原作を担当。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』、『直撃 本田圭佑』など

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いったいスポーツベッティングはどう運営されているのだろう?

白石憲正(40歳)はそんな問いを投げかけるのに打ってつけの人物だ。

白石憲正さんのプロフィール写真

日本国内で起業家として活躍し、その資金を元手にアイルランドでブックメーカーを立ち上げた。約1年で撤退を余儀なくされたが、現在は新たにオンラインカジノ運営会社に「配信動画」を提供するサービスを始めている。

白石がスポーツベッティングの可能性に気がついたのはコロナ禍だった。

「当時、私は柔道の金鷲旗といったスポーツ大会の管理ソフトを提供する会社を経営していたのですが、すべての大会が中止となり、街のスポーツ教室のみなさんが苦しむ姿を目の当たりにしました。

その一方で公営ギャンブルである競馬や競輪がオンラインの賭けによって大きな収益をあげていた。他のスポーツにお金が落ちる仕組みが規制されているのは不公平だと感じました。そこでスポーツベッティングに興味を持ったんです」

まず白石が調べたのが、どうやったらスポーツベッティングを始められるかだ。オンラインカジノやスポーツベッティングを運営するためには「ギャンブル運営ライセンス」が必要であることがわかった。

「ヨーロッパの多くの国がギャンブル運営ライセンスを発行しており、最も有名なのはイギリスのライセンスなんですが、日本人が取得するのは簡単ではありません。

ただし、カリブ海にあるキュラソーが発行しているギャンブルの国際ライセンスであれば、取得の障壁が低いことがわかった。キュラソーはオランダ王国の構成国のひとつで小さな島国ですが、規制を緩和して海外からの資金を得ているんです。

他にもマルタやマン島がライセンスを発行していることもわかりました。詳しい方ならピンとくるかもしれませんが、タックスヘイブンとして有名なところですね。ギャンブルの国際ライセンス、暗号資産(仮想通貨)、タックスヘイブンはだいたい3本セットなんですよ」

キュラソーの写真

キュラソーでの白石憲正さん

白石がさらに調べると、ライセンス取得をサポートする代行業者がバルト三国にあることがわかった。それらの会社はライセンス取得だけでなく、WEBサイト構築、会社登記、銀行口座開設までやってくれる。大雑把に言うと、ノウハウがなくても初期費用さえあれば、誰でもオンラインカジノやスポーツベッティングを始められるのである。

「私はラトビアの業者を選びました。初期費用はパッケージでおよそ5000万円だったと思います。会社登記と銀行口座開設の場所はアイルランドでした。

話をまとめると、ラトビアの代行業者を使い、キュラソーでライセンスを購入し、アイルランドで会社登記と銀行口座開設を行なったというわけです」

口座開設の国としてアイルランドを選んだのには理由がある。

「スポーツベッティングの運営者にとって最も怖いのは、政府による口座凍結なんです。日々ギャンブラーたちとの間で出入金があるわけですが、それが止められたら立ち行かなくなる。

アイルランドはイギリスと同じく、スポーツベッティングの歴史が深い。凍結のリスクが小さいと見られています」

2021年、白石はヨーロッパに居を構え、オンラインカジノとスポーツベッティングのサービスをローンチした。日本では創業した会社の売却に成功しており、ヨーロッパでも順調なスタートを切れる……はずだった。

 

しかし、待っていたのは甘くない現実だった

「結論から言えば、代行業者を頼ったために、ランニングコストが高くなってしまったんです。

オンラインカジノやスポーツベッティングは通常のWEB広告を出せないため、流入の多くをアフィリエイトさんに頼っています。アフィリエイトさんがブログや個人サイトで記事を書き、そこに貼ってあるリンクから流入するという感じです。

業界の慣わしとして、アフィリエイトさんの取り分は50%。たとえばその記事経由でオンラインカジノに来た人が100ドル負けたら、50ドルがアフィリエイトさんの取り分です。

さらに私たちは代行業者にWEB構築と運営を任せていたので、システム保守費用として20%を支払わなければなりませんでした。また、スポーツベッティングに必要となるオッズをデータ会社から購入するので、彼らへの支払いが20%かかります。

売上支出の構成比を示した円グラフ

つまりアフィリエイト経由の場合、もし私たちが収益をあげたとしても50%がアフィリエイトさんへ、20%が代行業者へ、20%がデータ会社へ行く。私たちの取り分は10%しかありませんから、仮にユーザーさんが100ドル負けたとしても、10ドルしか私たちのところへ入ってきません」

 ブクサカ編集部注

ここでいう50%のアフィリエイトへの支払いは、ボーナスやキャッシュバックのようなプレイヤー還元の費用も含まれます。サイト運営者に支払われるアフィリエイト報酬のパーセンテージは各広告主・各媒体によって条件が千差万別で、アフィリエイターが受け取る報酬額が売上の50%、という訳ではありません。

代行業者に任せたことには、もうひとつデメリットがあった。何かアイデアを思いついても、好きなようにサービスをカスタマイズできなかったのだ。

「イエローカードが何分に出るといったような細かい賭けをできるのは、そのスポーツに詳しい方にとっては魅力的ですが、初心者には少し難しい。そこで勝ち負けだけをシンプルに予想する画面にし、指を左右にフリックして選ぶようにしたいと考えました。

でも業者を通しているので、そういう変更はできない。他のスポーツベッティングとの差別化に苦戦しました」

白石が運営していたサイトのワイヤーフレーム

白石が運営していたサイトのワイヤーフレーム

 

およそ1年が経ち、白石は撤退を決断した

「会社としてスタッフの人件費がかかりますし、新規ユーザーの人たちにボーナスを配るのでそのコストも重くのしかかった。

年間の売り上げはおよそ2億円になりましたが、3万人のユーザーを獲得しなければ持続できないと見積もり、事業の売却先を探し始めました」

そんなときに出会ったのがスウェーデンのレオベガス社だ。世界のオンラインカジノ業者にとって、人口1億2千万人の日本は魅力あるマーケットである。同社はオンラインカジノに精通した日本人を探していた。

白石は会社をレオベガス社へ売却することを決断。白石たちのサービスはそこで閉じられた。

ブクサカ編集部注

白石の事業買収に名乗りを上げた企業の中には、実は大手日系企業も含まれていました。社名を聞けば誰でも知っている大手IT企業が、事業情報を何とか抜き取ろうとするほど買収に強い関心を示していたとのこと。

 

4630万円の誤送金問題の煽りを受ける

その後の2022年4月、山口県阿武町で4630万円の誤給付が発生し、それを受け取った24歳の男性が「海外のオンラインカジノで全部使った」と証言。

直前にレオベガスの親会社になっていたMGMリゾーツ社は、大阪においてカジノ事業者に認定されていた大企業だ。MGMリゾーツはこの問題が認定に影響が及ぶと考え、すぐさまレオベガスを日本市場から撤退させることを決めた。

「私はレオベガスへ会社を売却したときの条件として、1年間はレオベガスに勤めるという契約を結びました。そうやって働き始めたときに、阿武町の事件が起こったんです。途中から撤退の作業に追われ、あっという間に1年間がすぎました」

 

マルタで起業、白石は次のステージへ

白石はレオベガスとの契約を終えると、2023年2月にマルタで再び自身の会社を立ち上げた。それが世界初の「配信者 x ゲーミング」という、新しいジャンルを開拓する企業、Baricata Ltdだ。

最初の経験を生かして今度はオンラインカジノを自分で運営することはせず、運営会社にサービスを提供するというビジネスを選んだ。

「ライバーさんがオンラインルーレットを見ながらトークし、次に来る数字を予想するといった内容のライブ動画を制作し、それをオンラインカジノ会社に販売するというビジネスです。

見ている人たちがお金を賭けると、その一部がライバーさんに還元される。YouTubeライブやショールームの投げ銭のような感覚ですね。それがライバーさんのポイントになり、ランキングを競い合うという楽しみ方もあります。

今後はこの事業をスポーツベッティングに拡大し、ライバーさんと試合を見ながらベッティングを楽しむ文化をつくりたいです」

オンラインカジノやスポーツベッティング業界の起業家の間では、「スウェーデンのストックホルム証券取引所が最終ゴール」だと言われている。ストックホルム証券取引所はオンラインカジノやスポーツベッティング運営会社の上場を認めているからだ。

「私たちの目標はスウェーデンでの上場。ヨーロッパの舞台で成功し、いつか日本スポーツ界に還元できればと思います」

 

編集後記(ブクサカ編集部)

ブクサカと白石さんの出会いはXでした。2023年10月、Baricataで配信者のマルタ進出サポートの告知ツイートに着目した私がコンタクトをとり、ミーティングで詳しくお話させていただいたのが最初です。

もともと以前からお互いの存在を認識し合っていたことも功を奏する形で「今後を見据えてお互いの宣伝になれば」とインタビュー企画がまとまり、すぐにビジネス取材に明るいスポーツライターの木崎伸也さんに打診しました。

その後、私がSiGMAカンファレンスへ参加する際にマルタを訪れた際も、業界関係者を集めた食事会を開いていただき、その場でこのインタビュー記事のテーマも決まり、インタビューが実現した、というのがこの記事が生まれた経緯です。

日本では怪しい存在で見られがちなブックメーカーですが、広い世の中には表舞台で正々堂々と戦う日本人が大勢います。賭博、ギャンブルといった先入観で議論を進めるのではなく、最前線の「リアル」を、解像度を高めて皆さんに届けていくのが我々ブクサカの使命だと思っています。

今後、日本でもスポーツベッティング解禁に向けた議論が活発化していきます。そういった議論に参加するお偉方たちは、間違いなくスポーツベッティングの最前線を調査し、日本のスポーツブック界隈に目を光らせています。

ベッターに皆さんには「目の前のベットでいかに勝つか」というミクロな視点だけでなく、一人ひとりがこの業界の当事者として「この業界をどうしていくか」を、ほんの1%でも意識してほしいと思ってます。自分たちの振る舞いが、この業界の行く末を決めると私達は本気で信じています。

そういった行動の積み重ねの結果として、国全体で建設的な議論が進み、日本のスポーツベッティング業界が健全に、まっすぐに成長していくことを私たちブクサカは願ってやみません。

Baricata プロフィール

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